寝台特急そよかぜカリフォルニア旅行記

2025-09-01 - 読み終える時間: 42 分 🌐 In English 🌐 中文版

(アムトラックでは普通や特急といった表記は無いが、少なくとも特急伊那路より平均速度は速いので、勝手に特急表記にしてみた。)

[C制] 乗車券・B寝台指定券 ********
---------- 乗車券8月23日当日有効

シカゴ連合駅→サクラメント渓谷駅
Chicago Union Station → Sacramento Valley Station

8月23日 (14:00発) (+2日15:05着) シングル二段寝台
そよかぜカリフォルニア 531番車 13号室 個室 禁煙
Amtrak 5, California Zephyr, for Emeryville

US$1373.00 内訳:乗293.00・寝1080.00

1人用
指定列車のみ乗車可 下車前途無効
Amtrak.com発券

東京発の飛行機のエコノミー席で足を凍えさせること11時間余り、シカゴ町外れのオヘア国際空港へやってきた。到着時間が良かったのか、入国審査場は信じられないほどがらがらしていて、3分で入国できた。列車の発車まであと4時間。シカゴ観光の暇も無さそうだし、このまま駅に向かおう。


前回はシカゴ都市電車CTAに乗って駅に向かったが、本来禁止されている車両間の移動を繰り返しながら、一般乗客に葉っぱという葉っぱを売りつけるやべぇ人が蔓延っていた。今回はスマホで配車してもらうことにしたが、地元民曰く「渋滞か受動喫葉っぱかの二択のみ」らしい。「今度は列車で出かけよう」とピッタリ渋滞区間で広告を掲げているはシカゴ都市圏通勤鉄道メトラだが、こっちは乗ったことがない。

(葉っぱとは、大から始まって麻で終わる葉っぱのことである。)


シカゴ連合駅は由緒正しく、米国都市間旅客鉄道の最大ターミナル駅。西はシアトル、サンフランシスコ、ロサンゼルス。東はニューヨーク、ワシントンDC。南はダラス、マイアミなどと、全米主要都市への路線がある。通勤鉄道と駅を併用しており、30番線以上あるらしい。寝台券を持っていればラウンジも利用できるが、私は飛行機から降りて疲労困憊でラウンジを撮影する所ではなかった。(コンコースの写真は前回訪れた時のもの。)


発車30分前に搭乗手続きが始まる。係員がホームの端まで案内してくれて、後は自分で乗るべき車両を探す。荷物を抱えて自力で歩けない、或いは歩きたくない年寄りの方は、駅構内の車に荷物と自分をのせて、そのまま自分の乗る車両に運ばれる。米国の都市間鉄道や中距離通勤鉄道は2階建ての車両が多く非常に圧迫感がある。薄暗い地下ホームで、こんな列車2列に挟まれてみろ。私は冷え汗かきまくった。


列車は暫くの間、長閑なシカゴ郊外の住宅地を走っていた。この区間は通勤列車メトラと線路も共用しており、時々、通勤列車の駅に停車せず通過することもあった。気がつけば車掌が「前の通勤列車が止まったので我々の列車も動けません」と放送した。この区間は確かに忙しいが、複線どころが3線化されているのに、本当に通勤列車を待たなきゃいけないの? 多分、他の快速線では貨物列車様が走り回っているのだろうか。さすがアメリカ。


車道との踏切が閉じているところで列車が止まった。ここが駅構内で、旅客取扱のために停車しているらしい。「は? 開かずの踏切決定じゃないか?」 と思ったが、アメリカを見くびってはいけない。この駅の停車便数は、なんと毎日1本のみ。構内踏切ぐらいで問題にならない。再び駅を出ると車掌が、「列車と駅は連邦財産なので、変な葉っぱは違法だ」と再三念を押した。本当に吸おうとする人居るんだな……

(変な葉っぱ=wacky weedの直訳。米国では州によって大麻は合法化されているが、連邦法律では依然として違法とされている。)


夜23時、シカゴを出て以来初めての大都市、オマハにやってきた。ミドル・オブ・ノーウェアと言われるネブラスカ州だが、オズの魔法使がドロシーの故郷カンザスから遠くないオマハで生まれたことから、私はオマハという名だけは覚えていた。ここで乗務員さんに出自を聞かれ、東京から飛行機で来たと答えたら、「ファーストクラスで来たの?」と聞かれた。イエスと答えられる日が来るといいね。


オマハを出ると23時半を過ぎ、私は寝台席なら無料で利用できるシャワー室にやってきた。脱衣所が仕切られているとは言え、揺れる列車に濡れる床は滑りやすく、転ばずに服を脱ぐのが大変だった。シャワーはちゃんとお湯が出て、今までの疲れが嘘のように消え去った。普通のシャワー捻りは1ミリの過ちで人間刺身を人間しゃぶにするものだと思ったが、こいつは何周回してようやく熱くなってくれた。


私の個室。今こそ快適な寝床に見えたが、実は2つのソファが平たくなっており、朝になったら乗務員さんにまたソファに戻してもらえる仕組みになっている。もう一つのベッドは天井に留められており、二人連れの場合、そのベッドが降ろされて二段寝台になる。さすがアメリカ、デカい人が多いからか、この列車のベッドは自宅のセミダブルよりも少々長いように感じた。180センチの私がちょっとでも擦れ落ちれば足がベッドからはみ出す一方で、5フィート11インチの私は、足が向こう側の壁に触れたことは一度もなかった。


真夜中、遥か向こうから黄色い稲妻が走った。照らされる雲が見え隠れ、汽笛が鳴り止まぬ中で、微かに雷も聞こえた。疲れが消え去ったというのはやっぱり嘘だったみたいで、私は朝4時に目が覚めた。思わず携帯を開いて天気を見てみれば、案の定圏外だった。たった一枚の薄いガラスしか隔たりの無い外のことなのに、私はそこに目もくれず、何千キロ離れたサーバーから情報を得ようとしていた。これが2025年の世の中というものなのだろう。私だけか?


コロラド州に入ってから最初の駅、フォート・モーガンにやってきた。一階建ての駅舎とようわからん工業か農業施設が立ち並ぶ、お馴染みのアメリカ田舎風景が広がっていた。都会を見慣れた人にとっては、こういう場所はアメリカの裏側なのだろうが、列車に乗っていると、これこそがどこにでもある、当たり前の景色だ。遠く東から曙が見え、時計を見ると朝6時55分。そうだ、タイムゾーン変わったから1時間戻さなきゃ。5時55分だった。


デンバー駅。コロラド州、山間部に入る前の最後の大都会。ここで1時間ほど停車して補給や清掃を行う。丁度朝7時半、私は食堂車へ向かった。知らない人と一緒に座らされ、英会話を弾ませながら名物のフレンチトーストを頂いた。久しぶりの米国食だが、やはり甘さが半端ない。向かい側に座る人は更に80gものシロップをかけた。気休めかのように、その半分の40gは「無糖シロップ」なる物だったが、それで何の意味があろうか! 分かってはいるが、アメリカ人の味蕾はとんでもねえなと、改めて思わざるを得なかった。


ぐるぐると、鉄道は山を登っていく。都会から開けた原野までは瞬きの間、しかしもう一瞬きすると、窓の外から、先ほど通ってきたばかりの線路が見えたのではないか! 聳え立つ岩山、見下ろす果てなき原野、そして岩層剥き出しの隧道。絶景とはまさにこういうことであろう。建設中の真新しいダムと谷を一本挟んで、気付けば列車は勾配とカーブ入り混じる山の中で、また本線停車して信号待ちしていた。まあアメリカだ、今更これしきのことでは動じるまい。


標高が上がり続け、そろそろ鼓膜も気圧差で詰まり始まる頃、鉄道と道路と渓谷とが並走している区間に入った。キャンプ場とキャンプ場の間に、ハイキングの装いをしている老若男女五、六人が釣り竿を抱えて線路の側に待避していた。手を振ってみると振り返してくれて、その後ろ、川の水が飛沫を飛ばしながら、山を下って行った。道路に自転車を漕いでいる二人組が見えた。よくここまで登ってきたね。


車内放送で、車掌が間もなく全長6マイル(10キロ)の隧道に入り、その中で標高九千フィート(~3000メートル)余りの旅程最高地点を通過することを告げた。築97年の隧道に常時換気設備が無く、通過する時に車内エアコンは内循環モードにするため、空気を逃す車両間移動は禁止された。隧道を抜けて十数分すると、それなりの規模の町に停車駅があった。車行き交う忙しい道路の向こう側に、家々が山の斜面に沿って広がっていた。山の風は格段に寒く、再び列車に戻ると、アメリカンエアコンで冷え込む車内でも、なんと初めて暖かく感じた。


川の流れが右行きから左行きへと変わった頃、また車掌の声が響いた。これからはこの路線随一の絶景区間だと、私はカメラを構えた。時にはせせらぎが生い茂る樹々の間を抜け、時に広々とした牧場に牛がのんびりとお食事して、また時に武骨な岩山にひと塊りだけ黄色い花が岩を貫いて咲き誇っている。時差ぼけしている私でさえ、瞬きを惜しんだ。


またもや窓の外から微かに何かが響いた。雷みたいな厳かさが無い。むしろおならのように聞こえた。目を向けてみると、男が手に持っている物干し竿の先から硝煙が浮いている。あ、こんな所に射撃場か。さすがは平民の銃器所持権が憲法で定められているアメリカだ。大賑わいの射撃場に子供連れの家族グループまで何組かが居て、英才教育も良い所だ。


携帯電話に今時珍しく「3G」の電波形式が表示された頃、列車は長い間渓谷と並走する区間に入った。くねくねとコロラド川の流れに沿って作られた鉄道は、北海道の天塩川と並走する宗谷本線を想起させる光景だが、宗谷本線では緑こそ富んでいるものの、ここみたいな険しい山々はそうそう見られない。ほら見ろ、断面だけが赤い、鮮度の悪いステーキみたいな色してる丘だ。おもしれえ。


ここの渓谷はリゾート地になっていて、船を漕いだり釣りしたりしている人がそこら中に居た。開けた平地もあちこちにあって、車を停めてキャンプを作る家族で溢れていた。私は列車から渓谷を見下ろし、時には手を振ってくれる人に振り返した。パンツ半脱ぎにして、尻を露わにこっちに向けながら手を振ってくれている人が何人も居たが、何やっているんだろう、あれは。


アメリカンエアコンの寒さは気まぐれな所があるが、山間部の天気もまた然りである。雲行きが急に怪しくなり、すっかり暗くなった。道端に色鮮やかな車の大軍が見え、空気も妙にバーベキュー味になったところ、雨垂れがようやく窓に次々とぶつかってきた。車掌の声が響く。何と、山火事があって車の大軍は消防士だったらしい。雨が降ってくれてよかった。


そろそろ山間部を抜け、寂れた砂漠みたいな場所に出てきた。乾いた広がりは眠気そのものかのように私の意識を攫っていき、それは瞼も開いていられないほどだった。東京時間午前4時半、家だったらいつも一番眠い時間。どうやら私はまだ時差ぼけから抜け出せそうにない。おやすみ。


目が覚めて、スマホを弄って眠気に抗うこと数時間、列車は夜23時、本日最後の駅SLCに停車した。SSDの種類みたいな略称はユタ州の州都と最大都市ソルトレイクシティ(塩湖都市)だ。新鮮な空気を吸いに列車を出たら、頭の右半分だけ細雨を浴びて、訝しんで右へと歩き出すとすぐに雨に入った。やけに短い屋根だと思って振り返ってみると、屋根は無く、ただの高架橋だった。高架橋の下、という場所に私は思い入れがありすぎるが、流石にこれは立派な有効活用だなと感激した。


時差ぼけで余り眠れていない夜が明けると、列車は再びタイムゾーンを一つ跨いで、ネバダ州、リノを目掛けて広大な砂漠を駆け抜けていた。私は食堂車を訪れ、四人掛け席の最後の一人として加わった。ネバダ州の新たに作られるリチウム鉱山の仕事に単身赴任したアフリカ系の男性は、今日列車に乗るのが三カ月ぶりの帰宅だという。新しい仕事で給料も悪くないが、やっぱり世の中は政治に動かされていると、彼はそっとこんな言葉を零した。


リノ駅に着いた。ラスベガスほど有名ではないがここにもカジノがあるらしい。列車を降りたら、目の前は高い壁が立ちはだかって街が見えず、足元だけが私を迎えていた。下を向いて見ると、リノ市のマンホール蓋に、メイド・イン・インディアと刻まれていた。あなたも私みたいに、異国の地に生きるものなんだね。樹挪(うごか)されば死に、人挪(うつ)れば活く、と中国の諺があるように、私はいま故郷を出て、東京で元気に生きている。この年中涼しいリノで根を下ろしたあなたは、インドの蒸し暑い空気を思い出すことがあるのかな?


険しいシエラネバダ山脈を越えると、黄金と鉄道とカリフォルニア州都の町、サクラメントに着いた。160年前、調査団を率いてここから旅立ったセオドール・ジュダが心血を注いで調査した山越えルートは、今のこのルートと大差が無いらしい。ニューヨークからサンフランシスコの6カ月の道のりを7日に縮めた鉄道は、アメリカという国のあり方に大きな変化をもたらしたが、やがてはその役目の多くは飛行機と自動車に取って代わられた。今時、アメリカで長距離旅客列車に乗るのは私みたいな物好きぐらいしかいない。


駅を出てすぐ傍らにあるカリフォルニア州州立鉄道博物館では、米国初の大陸横断鉄道の建設に携わった鉄道員たちの苦労と血涙と、かつての旅客鉄道の威光が静かに語られている。歴史上の車両の実物とかも展示されているので、興味がある読者諸君はぜひ立ち寄ってみると良い。とは言え、今回の鉄道旅はとうとうここで終わりを迎えるのだった。皮肉にも私は次の日、鉄道ではなく飛行機に乗り込んで、次の目的地へと飛んで行かなければならない。酔うし狭いし動けないし、Wi-Fiもろくに繋がらないしで、人生みたいに、何事も思い通りにはいかないものだ。

昭和100年9月1日

Tianjian.Hu

Record of my genius ideas and mental disorders.
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